昔話

2012年2月12日 (日)

昔話(4)

昔話(4)~いきなり暴走?編~

またまた前回からの続きです。

さて、家に金魚がやって来て、生き物を飼うことの楽しさを思い出してしまった僕は、程なく嫁さんに「熱帯魚を飼いたい」と持ちかけましたcoldsweats01

「子供の生きた教材にもなるし」なんてもっともらしい理由も添えて…ねbleah

返答は「パパがちゃんと面倒みてくれるならいいよ」という嬉しい返答lovely

早速水槽の置場所を確保し、近所の熱帯魚専門店に飛んで行きました。

そして買って来たのは有りがちな「熱帯魚飼育○点セット」coldsweats01

今から思えば、上部フィルターでなく外部式にすればよかったし、他の器具も違う選択肢があったと思うんですが、当時は一刻も早く始めたかったし、設備投資?に対する心構えが出来てなかったんでしょうね。

そしてショップの帰りに書店に寄って飼育本も買いました。

この辺りも順序が逆で、本当は本でじっくり調べてから器具を揃えればよかったんですが、完全に舞い上がってたのと、「ある程度わかってるわい」という変な自信もあったのだと思いますbleah

流石に一緒に魚を買って来るような馬鹿な真似はせず(ショップでも止められるとは思いますが)、一週間ばかり水を回してから水草と魚を入れました。

これが記念すべき?飼育再開最初の水槽です。

T0209162因みに立ち上げ2週間後くらいの(2002年9月16日)写真cameraです。

60センチ水槽に上部フィルター、蛍光灯は2灯式×1、底砂はジェックスのピュアサンドというやつ(ショップで勧められた)です。

水草はウォーターウィステリア、エキノドルス・テネルス、ウィローモスなど。

魚はネオンテトラ、ミッキーマウスプラティ、ラミーノーズテトラ、コリドラス・アークアトゥスが入っていました。

因みに最初の魚は、家族の意見を尊重しながら、一緒に選びました。
ミッキーマウスプラティなんて完全に嫁さんと娘の意見ですねwink

僕はもう少しマニアックな魚を飼いたかった筈だけど、僕だけの趣味でなく、家族全員の為の水槽という建前ですからねbleah

こうして熱帯魚飼育を再開すると、今度は繁殖にもチャレンジしてみたくなりました。

もちろんプラティーあたりはほっといても稚魚を産んで殖えるのですが、そうではなくて卵から繁殖させたいなと。

Photoそして、子育てをするシクリッドの仲間が飼いたくなり、1ヶ月後にまた頼み込んで60センチ水槽をもう一本立ち上げ、ペルヴィカクロミス・プルケール(当時はペルマトと呼ばれてました)を飼い始めてしまいましたcoldsweats01

今から思えば、60センチ水槽を2台載せられるスチール水槽台にした時点で計画的犯行?だったかもしれませんbleah

Photo_2Photo_3Photo_4


Photo_6そして翌月には待望の稚魚が孵化!

親魚が甲斐甲斐しく稚魚の世話をする姿には本当に感動しました(家族も一緒だったと思いますけどbleah)

Photo_7そしてドワーフ・シクリッドに嵌ってしまった僕は11月にはアピストグラマ・アガシジーを導入し、もう1本、60センチ水槽を立ち上げてしまったのですcoldsweats01

なんと3ヶ月で3本sign01まるで今までのブランクを取り返すかのようなのめり込み振りですcoldsweats01

その後、ペルヴィカクロミスもアピストグラマも順調に繁殖し、そうなると当然また水槽が足りなくなるという巡り合せで、その後暫くしてもう一本、40センチ水槽を立ち上げて水槽4本体制を構築coldsweats01、現在もその4本をキープしているのです。

この4本で10年間、色々な魚を飼って来ましたが、その辺のところはまた気が向けば記事にしようかと思います。

インテリアになるような水槽を目指して水草の育成もやりましたね(こちらのサイトには本当にお世話になりましたhappy01)。

かと言って本格的な水草水槽に仕上げるには装備も中途半端だし、何よりキーパーが(僕の事ねcoldsweats01)面倒臭がりなのでなかなか綺麗な水槽には仕上がらないのですが、元々水草よりも魚の方がメインだと思っているので、これでいいのですconfident

と、言う訳で飼育再開はアクアリウムからだったというお話でした~happy01

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2012年2月 9日 (木)

昔話(3)

昔話(3)~飼育再開のきっかけ~

性懲りもなく昔話シリーズですbleah

前に書いたように中学生の時に生物の飼育をやめる決意をした僕ですが、実際に高校、大学と一切飼育はしませんでした。

と言っても、生物に興味を失った訳では全然なくて、TVや本でも専ら生物関連のものばかり見ていたし、野外のフィールドでの観察も大好きでしたね。

本当は動物学者になりたくって、大学も理学部を目指していたのですが、数学や物理に嫌気がさして、高3になって志望を変更sweat01、何故か文学部に進学してしまいましたsweat02

それからは妥協の繰り返しで、気付いてみれば平凡なサラリーマンにcoldsweats01

そして結婚し、娘が生まれ、娘が幼稚園に通い出した時に転機が訪れました。

今から10年前のこと、幼稚園の催し(夏祭り)で金魚掬いがあり、娘が金魚を数匹喜び勇んで持ち帰って来ちゃったのです。

子供の金魚掬いがきっかけで…というのはよくある話ですが、僕の場合もこれがきっかけだったんですねbleah

長~いブランクがあるとは言え、以前さんざん魚を飼った経験を持つ僕としては、一般的にはすぐに死んじゃう金魚掬いの金魚をちゃんと長生きさせて、「流石sign01」と言わせてやろう…なんてはりきっちゃってbleah

まずは多分水道水に泳がされてボロボロになっているであろう鰓のトリートメントが第一と、大急ぎでホームセンターに行ってカルキ抜き(ハイポしか知らなかったのでコントラコロラインを見つけて感激しましたcoldsweats01)と、10リットルくらいのプラケを買って来ました。

そしてビニール袋に入った金魚を一旦塩素を中和した水を入れたバケツに移し、しっかり塩を入れて一日ばかり静養させました。

金魚掬いで追い回されて状態の悪かった1、2匹はトリートメント中に亡くなったのですが、何匹かは大丈夫そうだったので、いよいよプラケにお引越しです。

本当は金魚飼育セットかなんかを買って来れば楽だったんですが、それだとちょっと素人っぽいでしょ?(何者やねん自分coldsweats01

そんな大げさな設備じゃなくても、知識と腕があればちゃんと飼えるんだってところを見せてやろうと考えた(であろう)僕は、水草を入れただけのプラケで飼育することにしました。

そこで、以前から気になっていたけど敷居が高くて入れなかった近所の熱帯魚専門店に行き、水草(カボンバ)を買って来て、日当たりのいい窓際にプラケをセットしました。

「こうやって光を当てたら水草が光合成して酸素を出すから、ブクブクなんてなくても大丈夫なんだよsign01」なんて娘に偉そうに説明したりしてbleah

と言う訳で25年くらいのブランクを経て、久し振りに我が家に生き物の入ったプラケが復活したのでしたconfident

結果的にカボンバは金魚にとっては美味しいサラダと認識され(せめてもう少し葉の堅いアナカリスにしたらよかった)、あっという間に丸坊主になっちゃうし、毎日水換えはしなきゃいけないし…でなかなか大変な飼育となってしまいましたが、後にベランダのビオトープもどき(プランターに水を溜めて睡蓮をうえたやつ)に放すまで無事に金魚を生かす事が出来たのですhappy01

そして、金魚とは言え毎日生き物の世話をする楽しさを思い出し、また水草を買い足しに通った熱帯魚専門店で色々な魚を見たりしているうちにムラムラと飼育意欲が高まってしまい、ほどなく熱帯魚飼育を再開することになってしまうのでしたcoldsweats01

続く…wink

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2012年2月 2日 (木)

昔話 (2)

昔話(2)~アクア編~

前回の続きです。

飼育再開の話の前に「アクア編」と称して魚の飼育関連の思い出を…confident

小学生の頃から魚の採集・飼育もよくやっていましたhappy01

フィールド?は大体近くの田んぼの用水路か溜め池でした。

ほとんど「となりのトトロ」の世界でしたね。

ちょっと玉網を入れると、小ブナやドジョウ、モロコ、タナゴが掬え、それを持って帰ってはプラケや海苔の空き瓶で飼ってましたね。

魚じゃないけど、ザリガニ釣りもよくやったなあ…confident

飼育設備としてはプラケだけ。
フィルターはおろかエアポンプもなかったから短期飼育しか出来ませんでしたが…despair

松江は海にも近く、ちょっと足を伸ばせば海に出られましたから、海にもよく行きました。

当時、釣りも好きだったので、低学年の頃は親父のバイク乗せてもらって、高学年~中学生になったら自転車bicycleで最寄りの漁港の防波堤に出かけ、釣りを楽しんでました。

海水浴も砂浜はつまらないので、すぐに磯の方へ移動して、潮溜まりで観察・採集を楽しんでました。

海は生き物も豊富で、カニやイソギンチャク、アメフラシ、魚ではメジナ、アゴハゼ、稀にイシダイやマダイの稚魚も採れましたから、親に怒られる迄ずーっと遊んでましたね。

もちろん、そうした魚達も連れて帰って飼おうとしたのですが、ものの見事に翌朝には☆になってましたsad

淡水の魚ならそこそこ長生きさせられるのに海の魚が1日も保たない事が子供心にも不思議で、色々調べて初めて濾過の重要性を知ったのですthink

その発見?を糧に高学年の頃にはクサフグを約1年飼育する事に成功しましたhappy01

プラケの大(12リットルくらい?)に投げ込みフィルター(水作エイトみたいなやつ)1個というシンプルな設備で今から思えばよく飼えたなあ…と思いますがcoldsweats01

さて、そうこうしているうちに熱帯魚という存在が気になって来ます。

隣に熱帯魚を飼っているお兄さんがいて、見せてもらっているうちに欲しくなったんじゃなかったかな。

ただ、流石に熱帯魚となると飼育器具も大がかりになり、とても小学生のお小遣いの範囲では揃えられません。

なので、インテリアにもなるから…と親に頼み込んで応接間に水槽を置かせてもらったと記憶しています。

小学3、4年の頃だったかな?

当時の僕にしては豪華なステンレス枠水槽(凄く大きいと思っていましたが、多分45cmでした)に、専用蛍光灯(確かチューリップtulipの絵柄がついていた)、バイメタルサーモとヒーターというフル装備、でもフィルターは投げ込み式でしたcoldsweats01

Photo

写真が残ってないので記憶を辿って絵にしてみましたcoldsweats01

飼ったのは定番のエンゼルフィッシュ、ソードテール、グッピー、コリドラス、アルジイーター辺りかな?

ソードテールやグッピーはそこそこ繁殖したのですが、何せエンゼルが混泳してるもんだからすぐに居なくなるし、掃除屋の筈のアルジイーターはでかくなって水槽のボスになる…と、ありがちな失敗を繰り返しながらでもそれなりに楽しんでました。

当時はまだ水草を植えるのは一般的でなくて(圧倒的に光量が足りなかったんでしょうね。蛍光灯1灯でしたから)、人工水草を入れてたと思います。

多分1年ちょっとは維持していたと思いますが、そのうち全体的に調子が悪くなって撤収してしまいました。

今から思えば魚の入れ過ぎと餌のやり過ぎで水質が悪化したんでしょうね。

当時はそんな事もわからなかったんですよねcoldsweats01

その後接客用?に小さな錦鯉を飼ったりしましたが、それも暫くして撤収coldsweats01

そしてアクアの方も長~い休眠期間を迎える事になったのでしたconfident

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2012年1月26日 (木)

昔話(1)

昔話(1)~プロローグ~

ここのところネタ不足に悩んでいますsweat02
飼育、動物ネタったってそうそう目新しい事がある訳でもないし…。
平穏無事なのはありがたい事なんですけどねcoldsweats01

そこでふと思い付きました。
そもそも自分の備忘録の意味合いも含めて始めたブログなんだから、ブログを始める前の事も書き留めておいてもいいんじゃないかって。

過去に飼っていた生き物のこととか、記録として残しておこうかな?とね。

と、言う訳で、不定期に新ジャンル(大袈裟bleah)「昔話」を始めますhappy01
よろしくお付き合い下さいm(__)m

さて、記念すべき?初回は、プロローグとして僕が飼育を始めた小学生の頃のお話confident

何と大阪万博よりも前の事ですsign01こりゃ本当の昔話ですなcoldsweats01

最初に飼ったのはやっぱりカブトムシを始めとする昆虫(甲虫)でした。

小学校低学年の頃です。

当時はまだ自然が豊かで、家の近所に雑木林があったので、毎日のように入り込んで行って昆虫採集してましたね。

カブトやクワガタが居そうな木は大体覚えていて、それを巡回するのが日課でした。

その頃はまだ昆虫ゼリーなんて便利な物はなかったので、スイカの皮や砂糖水をあげてましたが、少し詳しい図鑑には黒砂糖、酢、ブランデー等を使ったレシピが紹介されてましたね(そういう事だけは図書館に通って調べてましたbleah)。

よく言われる事ですが、現在のようにネットですぐ情報が得られる時代ではなかったので、詳しい情報を得ようとすると結構大変で、それがかえって趣味を深める事に繋がったのかな…と思いますconfident

それからカブトやクワガタだけでは飽き足らず、キリギリスやコオロギ、カマキリ などのバッタの仲間、蝶やトンボ(成虫はすぐ死んじゃうので、幼虫からね)、タガメやタイコウチ、ミズカマキリなどの水生昆虫、ケラやハサミムシに至るまで色々な昆虫を飼育しましたね。

そのうち飼育生物も進化して(笑)、両生・爬虫類もラインナップ?に加わり、家族の顰蹙を買うようになりました。

ざっと思い出してみると、アマガエル、アカガエル、ツチガエル、トノサマガエル、イモリ、サンショウウオ、カナヘビ、トカゲ、クサガメ、ヤマカガシ(と言ってもベビーです。当時は弱毒種と言われ、規制種ではありませんでした)等々。

飼育容器は大体プラケでしたね。当時は飼育ケースと呼んでたかな。

それを自分の部屋でなくて家族が食事する部屋(ダイニングと言う洒落たもんではなかった)の隅に積んでたから、嫌がられるのも当然かcoldsweats01

爬虫類はやっぱり餌の調達が大変でしたね~sweat01

当然ながら餌用コオロギなんて売ってませんでしたから、餌も全て採集で賄ってました。たまに鶏肉をやってみたりもしましたけど。

因みにヤマカガシにはカエルを捕まえて来て与えていました。

当時は保温器具もなかったので、冬が来る前に逃がしてあげる、期間限定飼育スタイルでした。

もちろん、上手く飼えずに死なせてしまった事もしばしばでしたけどsad

こうやって思い起こしてみると、飼育してたのは皆採集してきた生物なんですね。

まあ、小学生でお小遣いも限られていたし、ペットショップなんてなかったですし(百貨店の屋上にペットコーナーがあった程度)。

小学生の時に買って来たのは夜店の着色ヒヨコとオカヤドカリぐらいだったなあcoldsweats01

…ヒヨコは露店のおやじに「大きくなったら卵産むかもよ!」なんて言われたのに、ある時「コケコッコーsign01」と鳴き出して、選別業者の目の確かさに感心したもんですcoldsweats01

Photo_3鳥では他に文鳥や小国と言う珍しい種類の鶏も飼いました。

近所の人が保護した鷹の幼鳥を暫く育てたりもしたんですよ。




お年玉でギリシャガメを買ったのは小学6年の時だったかな?

残念ながら当時の知識と技術では長生きさせられなかったけどdespair

そして中学に上がった時だったか、初めて哺乳類のゴールデンハムスターを飼いました。

当時(札幌五輪の頃ですなcoldsweats01)、まだハムスターと言っても知っている人は少なくて、当然ながら田舎町には売ってませんでした。

僕は本で初めてその存在を知り、齧歯目の中では匂いも少なく非常にペット向きだという記述を読んでどうしても飼いたくなり、親父が大阪だかに出張する時に頼み込んで買って来てもらったのですhappy01

ハムスターはほぼ初めての愛玩動物らしいペットだったこともあり、名前を付けて可愛がり(そう言えばそれ迄は飼育個体に名前なんて付けなかったなcoldsweats01)、毎日一緒に遊んで可愛がっていました。

しかし悲しい事に寿命は約2年。

やがてお別れの時が訪れてしまいweep、その悲しみのあまり「もう生き物を飼うのは止めようsign01」と思い詰め、実際に30歳過ぎに再開する迄一切生き物は飼わずに過ごして来たのでした。

うちの家族で動物好きなのは僕だけで、家には犬も猫もいませんでしたから(僕が色々飼い過ぎたせいもある)、本当に「動物抜き」の生活でしたね~。

もちろん、生き物好きなのは変わりようがありませんから、野外で観察したり、庭に餌台を作って野鳥を呼んだりはしていましたけど…。

今思い起こしてみると、知識不足や飼育環境の不備で死なせてしまった例も沢山あるけれど、この頃試行錯誤した経験やそれで得た知識が確実に今役立っていると思いますwink

さて、「一切飼育はしない。」と決心した僕が何故また飼育を始めるようになったのか、その辺のいきさつ等はまたの機会にでも記事にしたいと思います。

とりとめのない思い出話にお付き合い下さり、ありがとうございました~m(__)m

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